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これすごいね。

正に未来的な感じがする。



ゲームに登場する魔法とか魔法陣のようにも見える。

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広義の○気は、いくつかの要素がセットで出来上がる「行為」の
どれか1つの要素が欠けたり変位したりすると、
「行為」が成立しない、または意図しない「行為」が成立してしまうようになる脳の現象を指すと思うが、特定の○気の現象を理解しようとする上では、これでは具体性がなく説明になっていない。

特に相手の力抜きや相手を倒してしまうことを目的とした場合は、
上のいくつかの要素のうち、Gの管理という脳の要素を書き換えしてしまうことで、
相手自身の内部に生じてしまうもので相手が行為不能に陥るものになる。

ほとんどの人はGという要素について、あまり理解しようとしていない。
精々車の遠心力を感じたり、ジェットコースターに乗ったときに強いGを感じる時くらいしか感じることも考えることもないだろう。
だから質量はもとより1Gや斥力が感じられにくいという性質があることもあまり知られていない。

力がいわゆる力となって外に影響するためには1Gを越えなければならないが、
1Gを越えて外に出力すれば身体は同じだけのGを逆方向に発生させないと身体は倒れてしまう。
つまり力を外に出そうとすれば、必然的に体内で1Gを維持することはできない。
またどんな小さな行動でも人間は手を出せば、手の平に触れたものから斥力を得て安定を図ろうと脳は管理をしている。

力を出してきた相手に対して、こちらが動いても1Gを崩さなければ、相手が触れた時に
○気がかかり、相手の身体は倒れないようにするために無意識に足元から斥力を発生させる。
こちらが1Gであることも、相手自身の中で斥力が発生していることも相手は感じない。
相手は気が付かずに体内で釣り合ってしまい、1Gになり浮いてしまう。
力を外に出した1Gの釣り合いは非常に脆弱であるため、押せば簡単に倒れてしまう。
こちらは1Gを変えないように動いてしまえば、相手は何もできずに倒れてしまう。

○気を掛ける方は脆弱な1G状態にならないように、またどんな自発的動きや相手からの力を受けても1Gを崩さないように鍛えなければならない。

おそらく・・・太極拳なんかで、ゆっくりした動きをするのは加速度的な動きをしてしまうと1Gを越えて身体の外に相手からわかる力が出てしまうことを防ぐために、1Gを維持した身体の使い方を鍛えることに主眼を置いているからだろう。


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わかっている人には当然の内容である。

言葉の使い方、選び方も合っているかわからないが、自分の書ける言葉で書いてみる。

「重さ」に関する物理と感覚の言葉のイメージの整合について。


人が皆、重さという言葉と現象をどうとらえているかはわからないが、自分がわかったことは、重さという言葉と実際の現象が相違することだ。

自分は重さは言葉として質量とほぼ同義で、重さとは元々あるもので変わらないものと解釈して使っている。
(重さという言葉にいくつかの意味が存在するのだろう。しかし、それをあたかも同じ意味であると解釈して、ごっちゃに使っている。)
だから科学変化でもしない限り重さは変化しないと思っていた。(物理化学音痴だから)

重さというのは量りにかけたときの一定した下向きGの圧の現れであるということだ。
物理で言う重さもGであることは変わりないが、地球上の動物以外の静止物体を量るとき、それは変化しない。変化がないように観察される。
しかしそれはGであるため、人間の感じる重さは変化する。

人間が感じる重さとは、地球から受ける引力によって質量に発生する、引きGのことで、普段、ただ立っているときは引力斥力が体内で釣り合っているときが多く、上向きと下向きが釣り合えばGは体内付近で1Gで発生しているから、重さを感じない。
しかし体調が悪く筋肉が作動しないとき、抗重力筋群が使えないため、斥力が働かず身体の外に向かう下向きのGを強く感じるので、身体が重いと感じることになる。

つまり人間にとっての重さとはいつも変わらずにあるものではなく、増減するもの。
そして身体の外に出た出力圧とでもいうものを重さとして感じている。
物理で言う客観ではなく、主観が観察する「みかけの力」というものに近い。
 
質量自体を人間は感じることができないため、他人をおんぶしたり持ち上げるときも感じ取る重さはGの状態に準じて変化する。
子供を抱っこしたとき、何かをしようとしているとき、暴れているとき、脱力しているときで子供の重さとして感じるものは大きく変わる。意識のない酔っぱらいを持ち上げるときはとんでもなく重い。
(ニュースでよく聞く「意識がなく重体」という言葉は正にそのとおりか)

このいわゆる質量とか重さではない、Gというものには人間にとって常識では考えられない別の性質が存在する。
(自分にとっては、すでにここまでの内容で常識外れだと思うけどね。)

これが〇気の現象に大きく関与する。

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引き続きコスチューム変更案として・・・

漠然と考えてるのは、

勇者女     →????
戦士女     →????
盗賊女     →海賊のお頭
武闘家女    →着物女性orアリーナ
魔法使い女   →マーニャ
僧侶女     →ミネア
賢者女     →エルフの女王
商人女     →踊り子
天地雷鳴士女  →ヒミコ

別にDQ4贔屓ではないが、発想力が貧困なので。

そして、女だけでなくても男も装備できるようにしてしまえば・・・と思うが、
商人男→トルネコ
僧侶男or賢者男→ダーマの転職の神官みたいな人
くらいしか思いつかない。。。

????のところは、とりあえず髪の色でも変えようかな。

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ようやく触れた相手が吹っ飛ぶ原理の目途がついてきた。

と言っても、原理だけで実行するにはとても鍛え方が足りないし、
現状、子育て中で時間が取れないが、
鍛え方の指標ははっきりした。

既にわかっている人からすると笑われそうだが・・・。

これはほとんどの人が「物理常識」と「身体で実感できること」の、たまたま共通している点を、
同一の現象と思い込んでいるので、
物理を疑うことも、自分の感覚を疑うこともしていないから気が付かない。
気が付かないから、物理常識ではありえないとなってしまう。

確かに自分も物理常識として考えた場合ありえないのはわかる。
しかしそれは外から観察して一般的に説明した場合だ。
そしてそれは人体の物理とは全く異なる現象である。

一言で要点を表現すると、かなりトンデモな言葉になるが、

「意識をすると重さが現れる」

ということになる。

バカバカしいけど、これが原理の一番簡単な表現だと思う。

そして、この先があればまだ違った総合的な理解の段階があるのかもしれないが、

ここまでわかったからこそ、〇気が何かがあらためて分かってきた。


いろんな解釈があると思うが、自分は、

「〇気」とは、人体の「ある特定現象」を表す固有名詞であって、

「〇う」とか「気」とか、はたまた「気が〇うから」とか「〇わせる気だから」とかそういうことじゃなく、

「〇気」という固有名詞として、特定の現象を指して武田惣角は言っていたのではないかと思う。

だから「〇気を掛ける」という表現をしたのではないだろうか。

佐川幸義が「力ではない」と言っていた意味はそういうことだったか!と感じ得た。

しかし「力ではない」と言葉として言えるのは、〇気の身体に成れた人だけだ。

他の人から見たら、人が吹っ飛ぶ現象なんて力以外の何物にも映らない。


感応で自分から気を感じて飛んでいるのも、本当の〇気で飛ばされているのも、

人間の主観にとっては同一の現象だが、

掛けられるかどうかの点で言えば、雲泥の差がある。

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